
「国際金融」
小川英治 / 岡野衛士著
2016年4月
東洋経済新報社
ご著書の内容についてお話しいただけますか?
岡野:国際金融論の中級レベルのテキストです。経済学のテキストで「中級」というのはあまり見かけないかも知れません。学部生向けの経済学のテキストは往々にして高等学校で習う、言い換えると大学受験で必要とされる数学の素養を前提としていないことがあります。本書は、これは出版社からの要望だったわけですが少なくとも最適化問題を解くために必要な微分や初歩的な計量経済学の知識をもつ学生を読者として想定しています。我々はこうした数学の知識を前提としたテキストを「中級」と捉え本書を執筆しました。その上で、ごくごくオーソドックスな国際金融論の講義で扱われる、国際収支の概念と2期間モデルと経常収支の決定、「国境」の概念を持つ一般均衡モデル、為替相場の決定、政策協調、為替介入、通貨統合といったトピックや共通通貨や通貨危機といったこれまでの標準的なテキストが扱ってこなかったトピックを扱っています。また、理論だけを取りあげるだけでなく、あるいは現実、つまりデータを取りあげるだけでもなく理論がどのようにデータを説明するのか、データはどのように理論によって説明されるのかという点を明らかにすることを心がけたテキストです。
ご自身からみてご著書の一番の成果は何でしょうか?
岡野:2000年代以降の、ごくごく最近の碩学によって出版された論文やそれに準ずる研究者による議論を取りあげ、やさしく解説していることでしょうか。これは数学の知識を前提としたことで可能になりました。また、こうした最近の議論の紹介を通じてこれまで国際金融論のテキストでは「聖典」のような主張、たとえば国際的な政策協調の重要性についてかなり違った見解を示しています。最近の経済学者の見解をわかりやすく学部生に伝えることができたというのが一番の成果だと考えています。
逆にもっとも苦心された点は何でしょうか?
岡野:共著者との見解の相違のすりあわせです。そもそもこのテキストは共著者の講義を下敷きにしています。先にも述べたように本書では最新の議論が随所に盛り込まれています。共著者は私が大学院生の時の指導教官、つまり恩師です。私の恩師もかつて習ったこと、かつて碩学が十分な科学的根拠に基づき主張していたことを講義しています。ただ、経済学は日進月歩です。研究者の世界で議論されていること、主張されていることは随分変化しています。共著者は研究者として私より20年多くのキャリアを持つ大先輩です。私が大学院生のときから現在にかけてですら研究者の世界で議論されていること、主張されていることは変化しています。そのため当然ながら研究者として大先輩である共著者とはいくつかのトピックに関しては大きく見解を異にしました。経済学ではしばしばこうした見解の相違が生じます。これはモデルの仮定、いわば「世界観」の違いに起因します。経済学の最新の議論は最新のもっともらしい「世界観」に基づいています。共著者との見解の相違はこの「世界観」の相違によるものでした。どの「世界観」が正しいか、つまりどの「世界観」が現在の世界を抽象するのにふさわしいかという議論を共著者とは時間をかけて行いました。「世界観」の合意を得ることはなかなか骨の折れる作業でしたが共著者は大変懐が深く、合意を得るに至り見解の相違は解消されました。ただ、骨の折れる作業である一方、共著者は日本を代表する国際金融論の碩学であり議論を通じて多くのことを学びました。恩師には改めて感謝する次第です。
この著書の先生のご研究における位置づけを教えてください?
岡野:この本はあくまでテキストです。つまり国際金融論に関するこれまでの多くの研究者の成果をまとめたものであって私の研究成果をまとめたものではありません。よって、私のこれまでの研究における位置づけを問われると少々答えにくいです。ただし、この本の執筆を通じて国際金融論における私の研究の位置づけは解ったような気がします。つまり、私の研究は国際金融論における政策分析の議論に貢献しているということがおぼろげではありますが解りました。
その他、読者の方に伝えたいことがあれば何でもおっしゃってください
岡野:簡単な微分や初歩の計量経済学の知識がなければ本書を読みこなすことはちょっと骨の折れることかも知れません。しかし、本学の学生をはじめとして、簡単な微分や初歩の計量経済学の素養がある読者であれば難なく本書を読みこなすことができます。本書は最新の研究者で行われている議論を積極的に取り入れているという点で意欲的な作品だと考えています。是非本書を一読して最新の国際金融論の一端にでも触れて貰えれば著者としてはうれしい限りです。また、本書についての感想や批判をお寄せ下さい。どちらも大歓迎です。

岡野衛士
名古屋市立大学大学院経済学研究科教授。
1970(昭和45)年4月大阪市生まれ。
1993(平成5)年3月同志社大学商学部卒業、
2005(平成17)年3月一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。
コロンビア大学日本経済経営研究所客員研究員、ルクセンブルク大学経済分析研究センター(現経済学経営学研究センター)招聘研究員などを経て2014(平成26)年4月より現職。
2007(平成19)年安倍フェロー、日本金融学会理事(2016(平成28)年4月~現在)。
大学卒業後大手メーカーに7年間勤務した経験あり。
専門は国際マクロ経済学、国際金融論、金融政策、マクロ経済学。