
東京都をはじめとする関東地域や愛知県のように人口が増えている地域(都市部)がある一方で(注1),秋田県や青森県,高知県のように人口の自然減に加えて社会減が大きく,人口の減少が著しい地域(地方部)があります(図1)。なぜ,国内において人が集まるところと集まらないところが存在するのでしょうか。
図1 都道府県別自然増減率,社会増減率,人口増減率(総人口)
出所:総務省統計局『2014年人口推計』
都市部では住宅やオフィスの賃料が高かったり,交通混雑で渋滞が多かったり,騒音が生じたりと生活する上での問題がたくさん見つかります。交通手段の高速化により移動時間が短縮されたことやインターネットや電子メールの発達により情報伝達が容易になってきていることから,問題の多い都市部を積極的に選ぶ必要はないように考えられます。それでもなお,人が都市部を好む理由のひとつに,多様な人から最先端の情報を直接得ることができるということが挙げられます。ここでポイントとなるのが,地理的な距離が近いことでフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを円滑に行うことができるという点です。信頼できる仲間と顔を見ながら意見交換や情報共有を直接行えることは地方部に居てはできない貴重な機会であり,この機会が魅力的である限り人は都市部へ移動してきます。
このような機会は企業の生産活動にも影響を及ぼします。ある企業は近くに立地する他の企業から影響を受けると同時に,自分自身も他の企業に影響を及ぼします。つまり,企業どうしが地理的に近く集中的に立地することで頻繁にアイディアを交換することができるため,互いに研究開発が促進されイノベーションが生じやすくなります。イノベーションは経済成長の重要な源泉となるため,各国でこのような企業が多数立地する空間を産業クラスターと位置づけ,産業クラスターを形成,強化することが図られています。
しかし,産業クラスターは地域特有の生産活動にもとづいて生じるため,形成される地理的な規模や,構成される産業は画一的ではありません。そのため,世界各国で産業クラスターを特定する研究や事業が徐々に進められています(注2)。
産業クラスターに関する研究から,近年は産業間のつながりが多様化してきているということが明らかになってきています。米国のジャーナリストであり都市学者でもあったジェイン・ジェイコブスが多様な人が集まり新しいアイディアに寛容な都市は発展,成長すると主張したように,地域産業においても新たな技術を取りこみ,産業の変化に適応し多様化を受け入れることができる都市は成長しているということが伺えます。
図2に示される4つの産業は名古屋圏における伝統的な産業の系譜です。かつてはそれぞれの産業で技術が発展してきていましたが(縦のつながり),次第に他の産業と関連し合いながら新たな技術が発達してきたことが示されています(横のつながり)。名古屋圏では主に自動車産業をはじめとする輸送用機械関連の製造業の産業クラスターが形成されていますが,最近は他の産業と連携しながら地域に成長をもたらしているといえるでしょう(注3)。同じ自動車産業で成長した米国・ミシガン州デトロイトは現在,失業率が高く都市として衰退してしまったのはこのような産業の変化を受け入れることができなかったことがひとつの要因であると考えられます。
図2 名古屋圏製造業の系譜
出所:日本政策投資銀行東海支店(2003)
近年は,産業の比重が製造業よりもサービス業へとシフトしていることから産業の多様化は製造業間だけにとどまらず,サービス業を含めたつながりを考慮する必要が高まっています。名古屋圏が多様な人やあらゆる産業の企業にとって,フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションを行える地域となり,今後もクリエイティブな地域として世界をリードできるような都市となることを期待しています(注4)。
(注1)自然増減とは,出生者数と死亡者数の差をいい,社会増減とは,地域への転入者数と転出者数の差をいいます。沖縄県の人口が増加しているのは,社会増ではなく自然増のためです。
(注2)米国では The U.S. Cluster Mapping Project,欧州では The European Cluster Observatoryなどの事業があります。
(注3)たとえば,輸送用機械器具製造業と電気機械器具製造業が研究開発で融合したことによってハイブリット車のようなガソリン車に匹敵する車が誕生し,世界的に成功しています。
(注4)経済産業省はクールジャパン政策として,アニメやファッション,衣食住などの日本の魅力をアピールできる産業の創出,海外展開を支援しています。
※表紙の写真はサンフランシスコの中心街(著者提供)
著者:山田恵里
関連キーワード:産業クラスター,イノベーション
関連講義名:都市経済学Ⅰ