
いきなりですが、クイズです。まず上の図をみてください。このなかの「事前合理性」とは、実際に戦略を実行するまえの客観的な環境分析から導きだされた合理性(具体的には、その製品にはニーズがある「だろう」)、「事後合理性」とは、実際にある戦略を実行したあとの合理性(その製品にはニーズが「あった」)を意味するものとします。
このとき、上の図のなかの4つの戦略のうち、もっとも利益が期待できるのは、どの戦略でしょうか。
正解は戦略Cです。まず、戦略Bと戦略Dは結果として合理性がなかったということですから、これらに利益を期待することはできません。次に、戦略Aと戦略Cを比べると、両者の違いは事前合理性の有無にありますが、多くの企業が事前合理性のある戦略Aを選択し、そこでは競争が激しくなると考えられるため、より多くの利益を期待できるのは事前合理性のないものの、事後合理性はある戦略Cということになるのです。
これをふまえて、ここからが本題です。伝統的な経営戦略論においては、企業の利益は外部環境とのかかわりによって決まり、経営戦略の本質はどの産業のどのポジションをとるかの決定にあると考えられてきました。こうした考えにもとづき、経営戦略論の課題は環境分析の手法の開発であるとされ、ポーターのファイブフォース分析(five forces analysis)をはじめとして、利益率の高い産業やポジションを特定するためのさまざまな方法やモデルが生みだされてきました。今日では、それらはますます精緻なものになり、多くの企業がそれらを利用するようになっています。このことは経営戦略論と経営の実践の両方における進化といえるでしょう。それは間違いありません。
しかし一方では、このような進化のために、個々の企業はより多くの利益を期待できるすぐれた戦略から遠ざかる一方で、自ら競争に近づいてしまうという逆説的な側面があるのも確かです。つまり、こういうことです。まず、より精緻な分析方法に頼りすぎると、もっとも利益が見こめるはずの創造的な戦略、すなわち、事前合理性はないが、事後合理性はある戦略 -冒頭のクイズでいうところの戦略C- をとるのはきわめて難しくなります。また、基本的には、経営戦略論の枠組みのなかで開発、精緻化されてきた環境分析の方法は、客観的な合理性を追求したものであり、事前合理性と事後合理性の両方をみたす戦略 -同じく戦略A- を発見するための方法といえます。しかし、そのための方法が精緻化されればされるほど、そして、それが普及すればするほど、より多くの企業は戦略Aに集中するようになり、その結果として、この戦略をとった企業の利益は押しさげられることになるのです。このように経営戦略論の成果としての精緻な環境分析の手法は、両刃の剣ともいうべきものです。したがって、その取扱いについては十分注意しなければならないのです。
著者:出口将人
関連キーワード:事前合理性、事後合理性、環境分析の手法
関連講義名:経営戦略、知識と決定のマネジメント