
突然ですがクイズです。小学校に通えないアフリカの子どもが学校に通えるようにするために、コスパ(費用対効果)のよい方法は以下のどれでしょう?
A.給食の支給
B.制服の配布
C.奨学金の支給
D.教員の増員
E.虫下し薬の配布
F.親への情報提供
このクイズにきちんと答えを出せるようにしたのが、数日前にノーベル経済学賞を受賞した、バナジー氏・デュフロ氏・クレマー氏の3名である。答え合わせをする前に、どうすればこのクイズへの答えを出せるのかを説明したい。
Aの給食の支給という選択肢について考えてみる。以下のように考える人がいるかもしれない。日本でも給食費未払いが問題になったくらいだから、アフリカでも給食費は親の重荷になっているに違いない。だから、小学校の給食を無料にして、子どもを学校に来させるべきだと。そのために、小学校の給食を無料にするという援助をしましょうと。
以下のように考える人もいるかもしれない。小学校給食を無料にする前に、ちょっと調べてみようと。その結果、給食が無料になっているX地域とそうでないY地域を比べると、X地域のほうが小学校の就学率が高かった。やっぱり給食は大事だ、給食を無料にするという援助をしましょうと。
一人目の意思決定はKKO(経験・勘・思い込み)に基づくもので、これでうまくいくはずがない。二人目はまだましかもしれないが、こうした意思決定もたいていうまくいかない。X地域とY地域の違いは給食だけでなく、そもそもX地域のほうが豊かかもしれないし、先生や親が教育熱心かもしれない。給食が無料であるX地域で就学率が高いからと言って、Y地域で給食を無料にしても、子どもが学校に通えるようになるとは限らないのである。
では、給食の無償支給の効果を調べるためにはどうしたらよいのか?鍵となるのが実験である。Y地域の小学校100校をランダムに2グループに分ける。一方のグループの50校には給食を無償で支給し、もう一方のグループには支給しない。そして、この2グループでどれくらいの子どもが学校に通えるかを比較する。もし、給食を支給したグループで就学率が伸びれば、給食の支給に効果があったことの証拠となる。さらに、給食の支給にかかった費用と、給食によって学校に来られるようになった子どもの数を調べることで、厳密に費用対効果を計算することができる。
こうした実験は、臨床医療においては治験として、古くから実施されてきた。今回ノーベル経済学賞を受賞した3名の功績は、それを広く社会科学に応用した点である。冒頭のクイズに答えるために、給食を支給する50校v.s.しない50校、制服を配布する50校v.s.しない50校のように、地道に実験が積み重ねられた。その結果、AからDは効果がゼロとは言わないまでも、子どもを一人学校に通わせるために多額の費用がかかることがわかった。つまりコスパが悪いのである。一方で、虫下し薬の配布(E)と親への情報提供(F)であれば、そんなに費用をかけることなく、多くの子どもを学校に通わせることができることが明らかとなった。
直観に反するようなこの答えは、アフリカの子どもたちを学校から遠ざけているのが、お金の問題というよりは、健康状態の悪さや親の知識不足であるということである。Eの虫下し薬により、多くのアフリカの子どもがかかっている寄生虫を原因とした病気が治り、元気になった子どもが学校に行ける。Fの親への情報提供により、子どもが学校に行くことのメリットを親が理解し、学校に行くことを促すといった話である。このように、実験してはじめて、問題の原因を突き止めて、その対策をきちんと考えることができる。
現在の開発援助業界は、実験を用いてきちんと調べた上で、開発援助を行おうという風潮になっている(調べる手段は実験以外にもあるが、広く使われているのは実験であり、実験以外の手段については割愛する)。さらに、開発援助業界だけではなく、先進国の政府においても、調べた上で政策をつくっていきましょうという流れが出来つつある。このように、科学的な証拠に基づいて政策立案することを、Evidence Based Policy Making(EBPM)と呼ぶ。正直に言うと、日本はこうしたEBPMの実施が遅れているが、最近ではしばしば新聞記事でも見かける程度には、EBPMという言葉が広まりつつあるようにも感じる。
途上国の貧困の原因を探り、その対策を考える学問が、筆者が専門とする開発経済学である。今回のノーベル経済学賞の受賞理由として、「開発経済学を根本的に刷新した」ということが述べられており、実験の導入により開発経済学は大きく進歩した。開発経済学への貢献だけでなく、EBPMの実施を後押ししその機運を高めたのも受賞者3名の功績である。開発経済学者の一人として、そして、KKOに基づく政策ではなくEBPMを望む一人の納税者として、3名の受賞をたいへんうれしく思う。
<更に学びたい人へ>
名古屋市立大学・経済学部では、「開発経済論」と「国際公共政策論」という3年生以上を対象とした講義が隔年で交互に開講されており、次は2020年度後期に、英語で開発経済学を学ぶ「国際公共政策論」の授業が開講されます。また、開発経済学の入門として、1年生を対象にした教養科目の私の講義ノートを、以下のウェブサイトで公開しています。
https://sites.google.com/site/yukihiguchipage/shou-ye
また、今回の受賞に関連して、以下の2つの記事がお勧めです。
・安田洋祐大阪大学准教授による速報・解説(日本語で読める受賞者の書籍の紹介があります。)
https://note.mu/yagena/n/nef09736ede58
・澤田康幸ADBチーフエコノミストによる「経済教室」記事(登録すれば無料で読めます。)
https://www.nikkei.com/article/DGKDZO36985830T01C11A2KE8000/
(文責:樋口裕城)