
2018年のノーベル経済学賞は「気候変動や技術革新を長期的マクロ経済分析に統合した功績」として米イェール大のウィリアム・ノードハウス教授と米ニューヨーク大のポール・ローマー教授が共同受賞した。共に、「経済が成長・発展するためには何が重要で必要であるのか?」ということを課題とし、ノードハウスは「温暖化問題などの環境問題」に焦点をあて、一方のローマーは「知識や技術進歩」に焦点をあてた研究を行った。その結果、「温暖化問題」や「技術進歩」は経済成長・経済発展にとって重要なテーマとして、多くの研究者が取り組み、様々な知見が得られてきたが、ここでは、主にローマーの研究を中心に概観し、彼の経済成長論に与えた功績を見ていきたい。
「経済成長論」とは、「一国の経済がどのように成長・発展していくのであろうか」ということを分析する理論であり、初めてフォーマルな形で分析したのは1956年に発表したロバート・ソロー教授である(彼はこの功績により、1987年にノーベル経済学賞を受賞している)。ソローの経済成長論の本質は、図1の一人当たり生産関数を用いて示すことができる。

図1
図1は横軸に一人当たり資本、縦軸に一人当たり生産であり「労働者一人が用いる資本の量が増加すると一人当たりの生産は増加する」ことを示すものである。またこの図は、一人当たり資本の少ない点Aから点Bに資本が増加すると、一人当たり生産は大きく増加するが、一人当たり資本の多い点Cから点Dに増加すると、一人当たり生産は少ししか増加しないことが示されている。従って、ソローの経済成長論では、「経済が成長するにつれ、やがて経済は成長しなくなる」ということになる。
この点について、ローマーが1986年に発表し、今回のノーベル賞受賞の発端となる論文で表1を提示し、疑問を投げかけた。

出所 “Increasing Returns and Long-Run Growth,” Paul M. Romer,
The Journal of Political Economy, Vol. 94, No. 5. , 1986
表1は米国における1800年から各40年間における年平均一人当たりGDP成長率を示したものである。この表によると、米国は経済が成長しても経済成長率は低下することはなく、むしろ上昇傾向にあることが示されている。したがって、この事実は図1でみてきたソローの経済成長論と矛盾することとなる。彼はこの点に関して、「生産関数のシフト」に注目し、図2に示されているように「知識や技術進歩によって、生産関数が上方にシフトする」ことで、経済成長がその発展とともに低下せず、上昇する可能性があることを提示した。

図2
「知識」とは「労働者の生産における知識」を示し、例えば周囲に知識の高い労働者がいるとその労働者から知識を学ぶことにより、自分の知識も上昇するなどのような「正の外部性」があることを指摘した。また「技術進歩」については、企業が生産に用いる新しい資本を発明・開発することで特許を得て利益をあげることにより、結果として国全体の生産効率が上がることを示した。
ソローの経済成長論においても、生産関数のシフトは経済発展にとって重要であることが指摘されていたが、この場合、それは「天から降ってくる技術進歩(外生的技術進歩)」と考えられ、それがなぜ、どのような理由によって決定されるのかについて、必ずしも十分な議論がなされてはこなかった。対照的に1986年のローマーの研究以降の経済成長論では「何が生産関数を上方にシフトさせるのか?」ということについて、内生的経済成長論として多くの研究者によって分析がなされ、それらは例えば「貿易」、「金融」、「政府によるインフラ整備」、「行政の効率性」など様々な要因があることが指摘されている。このように、経済成長に関して、「生産関数のシフト」というより本質的な問題について、より多くの研究者に影響を与えた点が、ローマーの功績として挙げることができよう。
文章:外谷 英樹