身近な地球温暖化の経済学(下)―経済成長と環境保全の両立に向けて―


経済成長と環境保全―悲観論と楽観論―

前回のコラムでは、経済成長がもたらす恩恵と弊害について電力需要の例を用いて紹介しました。経済成長 → 電力需要増 → 二酸化炭素 (CO2) 排出量増 → 地球温暖化という流れがこの先の社会に及ぼす影響については、多くの議論がなされています。その中でも、対極の意見として「このまま経済成長に伴う環境破壊(地球温暖化)が進めば、地球環境と我々の社会が崩壊するほどの甚大な損害が生じてしまう」という悲観論と、「経済成長と環境保全(地球温暖化の抑止)を両立した持続可能な成長は不可能ではない」という楽観論が存在します。実際のところ、どちらの意見が正しいのでしょうか。これらの意見を吟味するうえで注目すべき経済学の仮説として、「環境クズネッツ曲線」仮説を今回のコラムでは紹介したいと思います。

 

環境クズネッツ曲線仮説

環境クズネッツ曲線仮説は、「所得水準と環境汚染の間には、図1のような<逆U字型>の関係性がある」と提起しています。言い換えるならば、「経済成長の初期段階においては環境汚染が増大するけれども、ある所得水準を境に(これを<転換点>と呼びます)徐々に減少していく」という仮説です。現在、この環境クズネッツ曲線仮説は地域レベルの汚染(二酸化硫黄や一酸化窒素などの汚染物質)については成立するという一定のコンセンサスが得られています。かつての日本においても、高度経済成長期の副産物として、有害な汚染物質の大量排出に起因する深刻な公害病が各地で発生しましたが、今やその面影はほとんどありません(注1)。また、地球温暖化の主要因となっているCO2に関しても、転換点を越えた先進国が一部出てきていると主張する研究結果が表れ始めています。

 

環境クズネッツ曲線仮説の解釈上の注意点

以上の研究結果をみれば、「環境クズネッツ曲線仮説はCO2でもそのうち成立するであろう」、「経済が成長さえすれば環境問題は解決されるのだから、現状の問題を無視してでも成長を優先すべきである」といった主張がなされる可能性もありますが、このような解釈には十分な注意が必要です。環境クズネッツ曲線は、あくまで所得水準と環境汚染の関係性を示したものであって、その関係性を決定づける根本的な要因を明らかにしたものではありません。すなわち、「経済の成長に伴い、どのような理由から経済構造に変化が生じ、その結果どのような影響が環境に及ぶか」といった経済成長と環境汚染の間に介在する因果関係を教えてくれるわけではないのです。これについて、先の電力の例を用いてどのような諸要因があるかを考えてみましょう。たとえば、経済成長に伴う電力消費の増加がCO2の総排出量を増加させるといった負の効果がある一方で、エネルギー効率の良い電化製品や再生可能エネルギー技術の開発・普及によりCO2の排出が抑制されるといった正の効果も考えられます。環境クズネッツ曲線の描く逆U字型は、実はこのような負の効果が正の効果の高まりによって徐々に相殺される現象を具現化したものといえるのです。

 

地球温暖化問題解決に向けたメッセージ

ここで最初の議論に立ち返ると、我々の未来が悲観論と楽観論のどちらに帰結するかは、これら2つの相反する効果の相対的な大きさ次第といえるでしょう。ただし、我々は地球環境の現状も同時に考慮しなければなりません。ご存じのとおり地球温暖化はすでに進行しています。地球には環境容量と呼ばれるキャパシティがあり、それを越え続けたストレスを受け続けると再起不能に陥ってしまいますが、現在すでにその容量を超えた負荷を受けているともいわれています。地球はいつまでも我々の成長を待ってくれるわけではないのです。よって、地球温暖化を阻止し、持続的な成長を可能にするには、正の効果をいかに迅速に強めることができるかが鍵となります。そのためには、エネルギー効率の上昇や再生可能エネルギーの開発・普及を「促す」ような社会制度を構築できるかが重要になるのです。

 

日本を含めた世界各国は、CO2排出量削減に向けた抜本的な対策が早急に求められるという共通認識の下、問題解決に向けて日々弛まぬ努力を行なっています。日本でも上記のようなインセンティブ制度の構築に向け、経済学理論を応用した環境税や補助金など数多くの政策がここ数年の間に立案・施行されており、正の効果が今後さらに大きく表れることが期待されています。

 

(注1) たとえば交通量の多い幹線道路を通ると時々臭うことがありませんか。汚染物質の排出が現在も完全になくなったわけではないことを示す一例です。また、当時罹患した公害病によって今でも心身ともに苦しめられている方々の存在も忘れてはいけません。日本の公害問題については、浅子ほか(2015)の第7章を参照してください。

 

図1 環境クズネッツ曲線

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考文献

浅子和美・落合勝昭・落合由紀子『グラフィック環境経済学』新世社,2015年.

 

著者:内田真輔

関連キーワード:経済成長と環境保全、環境クズネッツ曲線

関連講義名:環境経済学